2018年9月22日土曜日

書評  『朝鮮戦争』(神谷不二、中公新書、1966年、中公文庫版は1990年)

    朝鮮半島を地球規模の視野で考察する◆




    朝鮮半島の問題を地球規模の視野の中で考える。そのトレーニングにうってつけの本である。

    初版の刊行は今から半世紀以上前だ。だが、今読んでも古びた感じはしない。、朝鮮半島の情勢を広い視野の中で考えるべき時が、再び到来したからだろう。

    朝鮮戦争の経緯が、国際情勢、特にアメリカの政策と関連付けられて、テキパキと描写される。

    朝鮮戦争について時系列的に把握したい場合は、冒頭から通読するのがよいだろう。

   この本の中で、最もきらめきを放っているのは、最後に置かれた「朝鮮戦争の意義」と題された章だ。 その光は今日まで届く。この章からひもとくという読み方もあり得る。

    そこで描かれているのは、第2次世界大戦後のアメリカが、世界をどのように捉え、どのような外交・軍事政策を展開したかだ。

    アメリカは当初、朝鮮半島を重視していなかった。ソ連が引き起こした欧州での出来事(1948年ー1949年のベルリン封鎖など)、中華人民共和国成立(1949年)を経て、アメリカは冷戦の枠組みで世界を捉えるようになる。共産主義の盟主ソ連が勢力圏拡大を続けているという世界観である。

    アメリカは、ソ連の勢力圏を封じ込める路線をとる。だからこそ、北朝鮮が韓国に侵攻した際、「それまでの南朝鮮放棄論をかなぐりすてて全面派兵にふみきった」(中公新書版173頁)のだ。

   先ほど、「光は今日まで届く」と書いた。それは今日の様々な事象を理解するのを助けてくれるという意味だ。なぜNATOが存在するのか。なぜ自衛隊があるのか。なぜ日米は同盟なのか。

   「朝鮮戦争の意義」から二つの箇所を引用する。 

(引用)
    朝鮮戦争をきっかけにして、アメリカは「封じ込め」をヨーロッパ大から世界大へ拡大するとともに、それを主として軍事力の次元で考えるようになった。(中略)日本および西ドイツの再軍備を促進することになり、それによって、いわば冷戦の基本図を礎定することになったのである。(中公新書版173ー174頁)

(引用)
    朝鮮半島の動乱は、日本の重要性を一段とクローズ・アップさせることになった。早期・単独講和が決定的となり、日米安保体制が樹立されたのは、朝鮮戦争がわが国にもたらしたもののうち、第一にあげるべきことであろう。(中略)この戦争によって、わが国は、決定的かつ明示的にアジアにおける反共軍事体制の中核たる地位を占めることになるのである。(中公新書版181頁) 

    朝鮮戦争は、実に世界的な影響を及ぼした出来事だった。この本を読んでそうした認識を持つと、今日の朝鮮半島の変動を、本気で考察しなくてはならないと思う。日本の進路にどのような影響があるのか。日本はどのような政策をとるべきなのか。

   最後に、ブログ執筆者の個人的回想を添えたい。神谷不二教授の思い出だ。1990年代後半、あるシンポジウムでの発言だ。北朝鮮の将来、または北朝鮮に対する政策を巡ってだった。パネリストの一人だった神谷教授は論語の一節を引いた。「糞土(ふんど)の牆(しょう)は杇(ぬ)るべからず」。北朝鮮を突き放して見ているんだなという印象を受けた。北朝鮮について考える時、この一節が時々、脳裏に蘇る。
     


著者略歴

1927年生まれ、2009年死去。国際政治学者、慶應義塾大学教授。

目次

Ⅰ 開戦前史
朝鮮の分割
南北両政府の成立
アメリカの基本政策と開戦

Ⅱ「解放」と「統一」
アメリカの参戦
解放の日きたる?
統一の日きたる?
ウェイク島会談

Ⅲ「まったく新しい戦争」
中国の参戦
中国参戦の背景
「一二月の退却」
マッカーサーの解任

Ⅳ 休戦
板門店の隘路
李承晩の抵抗
休戦協定の成立
ジュネーブ会議)

Ⅴ 朝鮮戦争の意義
世界政治の流れのなかで
戦後日本の歩みのうえで
朝鮮戦争関係年表