2018年9月15日土曜日

書評『11の国のアメリカ史』(上)(下) (コリン・ウッダード著、肥後本芳男・金井光太朗・野口久美子・田宮晴彦訳、岩波書店、2017年)

◆米国史を複数のネイションの歴史としてとらえる◆





 「アメリカ」「米国」という単語から何を連想するか。実在する人物、歴史上の著名人、あるいは特定地域の光景と様々だろう。戦後日本はアメリカの圧倒的な影響を受けてきただけに、一人一人の中に、米国に関連した様々な記憶や体験が生きているはずである。
 この本は、米国についての断片的な知識を結びつける力を持っている。
 キーワードは「ネイション(nation)」である。そもそも本の原題は、”American Nations: A History of the Eleven Rival Regional Cultures of North America  (New York: Penguin Books, 2011) ”である。邦題では『11の国』という訳を使っているが、直訳なら『11のネイション』となるはずだ。
 「ネイション」とは、文化を共有する人間集団を指す。この本を貫くのは、北米(米国とカナダ)は、11のネイションから成り立っているという主張だ。それぞれのネイションは、どのような集団がどこに植民したかを出発点とする。
 日本人の米国史のイメージと接点が多いネイションをいくつか抜き出そう。いずれも米国の建国前に根をもつ古参である。
    地図の上では、だいたい北から南に並ぶように選んだ。

▽ヤンキーダム
    代表的な都市はボストン。ピューリタン、ピルグリムが植民した。多くの人にとって、世界史の教科書でおなじみの土地。
▽ニューネザーランド
   ニューヨーク一帯。オランダ人が植民した。
▽ミッドランド
    代表的な都市はフィラデルフィア。英国のクエーカー教徒が植民した。その後で、ドイツ系の移民が大量に入ってきた。
▽タイドウォーター
    代表的な都市はワシントンD.C.。英国の郷紳階級が植民した。初代大統領ワシントン、独立宣言を起草したジェファーソンら、「建国の父」たちを輩出した。
▽大アパラチア
    アパラチア山脈の西側。「ボーダーランド人」と称される移民が多い地域。「ボーダーランド人」とは、イングランドとスコットランドの境界地域にルーツを持つ人々を指す。
▽深南部
    西インド諸島で奴隷を使った農業を行なっていた人々が移住してきて植民した。

    ブログ執筆者にとって新鮮であったのは、ミッドランドについての記述(151頁)だった。著者によれば、「最もアメリカらしいアメリカの原型」はミッドランドにあった。すなわち、「寛容で多文化で多言語の文明社会」である。「住人は適度に財産をもつ家族から成り、多くは信心深く、彼らの最も望んだこととは政府や指導者が彼らに平安な暮らしをさせてくれること」であった。
 ヤンキーダムについては、「非寛容で共同体主義的な道徳観を持つ」(21頁)。大アパラチアは、「個人主義的な享楽主義を掲げる」(21頁)と表現される。
 
 重要な点は、何世紀も形成された各ネイションの性格が、現代まで維持されてきたことだ。著者は、「初期定住効果学説」という学説に依拠している。それぞれのネイションの性格は実にしぶといのである。
 南北戦争が起きた経緯について、ネイション間の対立という観点から説明される。主軸は、深南部・タイドウォーター(いわゆる南部)とヤンキーダムの対立だ。これにミッドランド、アパラチアが絡んだ。著者は、展開次第では、米国が4つに分裂する可能性があったと指摘する。
 20世紀後半には、南北対立が「文化衝突」となって噴出する。「北部連合」(ヤンキーダム、ニューネザーランド、ミッドランド、レフトコースト)と「ディキシー連合」(深南部、タイドウォーター)が対立する図式だ。

 この本は、米国史について貴重な知見を与えてくれる。ネイションの性格の記述を縦糸に、その時々の出来事を横糸にした織物に例えられよう。
 ただ、疑問に思った点もある。
 南北戦争の分析が、奴隷制度を巡る対立に偏っているのではないか。経済的側面、すなわち北部と南部がそれぞれどのような経済政策を追求しようとしていたかについての言及は乏しい。
 現代の政治についての章では、大統領や有力議員がどのネイションに帰属するかという情報は参考になる。ただし、個々の政治家の行動をネイション帰属という観点だけから説明することはできない。
 ネイションとは人間の集団だ。集団のふるまいを観察する時に、ネイションという概念はもっとも有用性を発揮するのである。


著者について(訳者あとがきを参照した)

コリン・ウッダード(Colin Woodard)
歴史家・ジャーナリスト。1968年にメイン州で生まれる。1991年タフツ大学を卒業、新聞社の欧州特派員を経て、シカゴ大学大学院修了。地域の文化、歴史を対象とする著作を発表後、米国史に取り組む。


目次(上)

第1部  起源 ― 一五九〇年から一七六九年まで

第1章 エル・ノルテの創設
第2章 ニューフランスの創設
第3章 タイドウォーターの創設
第4章 ヤンキーダムの創設
第5章 ニューネザーランドの創設 
第6章 諸植民地の最初の反乱
第7章 深南部の創設
第8章 ミッドランドの創設
第9章 大アパラチアの創設

第2部 ありそうもない同盟 - 一七七〇年から一八一五年まで

第10章 共同の闘争
第11章 六つの解放戦争
第12章 独立か革命か
第13章 北方の諸ネイション
第14章 最初の分離運動

目次(下)

第3部  西部獲得の戦争 ― 一八一六年から一八七七年まで

第15章 西へ拡張するヤンキーダム
第16章 西へ拡張するミッドランド
第17章 西へ拡張するアパラチア
第18章 西へ拡張する深南部
第19章 エル・ノルテの征服 
第20章 レフト・コーストの創設
第21章 西部への戦い

第4部 文化戦争 ― 一八七八年から二〇一〇年まで

第22章 極西部の創設
第23章 移民とアイデンティティ
第24章 神と布教活動
第25章 文化衝突
第26章 戦争、帝国、軍隊 
第27章 権力闘争Ⅰ
第28章 権力闘争Ⅱ

終章