2019年3月9日土曜日

書評 『二つのコリア [第三版] 国際政治の中の朝鮮半島』(ドン・オーバードーファー、ロバート・カーリン、菱木一美訳、共同通信社、2015年)

◆韓国、北朝鮮と国際政治◆


 朝鮮半島情勢をウォッチしながら、幾度この本を読み返したことだろう。最新のできごとを国際政治の長期的動向の中に位置づけるのに、役に立つ本だ。

 題名の通り、韓国と北朝鮮の二つの朝鮮民族国家を扱う。それぞれの建国以来の政治の変動と、アメリカ、中国、ロシア、日本などが織りなす国際関係との間の相互作用が描かれる。

 初版から第三版までの変遷(この稿の末尾にまとめておく)はあるが、もっとも入手しやすい第三版に基づいて論じる。大きく分ければ、前半は建国期から東西冷戦終結までで、後半は北朝鮮の核開発が中心テーマだと言える。

 今日、朝鮮半島が注目されるのはもちろん、北朝鮮の核・ミサイル問題のためである。2017年にはアメリカと北朝鮮の間で軍事的緊張が高まった。過去の緊張の例を参考にしたい。それでこの本をひもといた。

 1994年の状況について、こんなくだりがある。

 1994年5月19日、ペリー国防長官、シャリカシュビリ統合参謀本部議長、ラック在韓米軍司令官がホワイトハウスで、クリントン大統領に説明した。「朝鮮半島で戦争が勃発すれば、最初の九十日間で米軍兵士の死傷者が五万二千人、韓国軍の死傷者が四十九万人に上る」(323頁)

 ああそうだったのか、と思った。この本はこんな風に役に立つのだ。

 2018年に北朝鮮の金正恩政権は対話攻勢に出た。朝鮮労働党の金正恩委員長の行動からは、祖父の金日成主席をロール・モデルとしているふしがうかがえる。それでこの本の前半を、金日成に注目しながら読み返した。

 1977年12月に金日成は、東ドイツの社会主義統一党のエーリッヒ・ホーネッカー書記長の訪問を受けた。

 東ドイツ公文書館に保存されていた会談記録に残されていた金日成の発言が興味深い。金日成の韓国観を知る手がかりとなる。

彼は自分の国が多くは『米帝国主義』のためにさまざまな困難に直面していると認めながらも、自分の立場と主体(チュチェ)思想の優位性に絶大な自身を持っていた(112頁)
金日成は、最優先事項は国の統一であると強調した(112頁)

 トランプ米大統領が、在韓米軍を縮小したり、撤退させるのではないかと取り沙汰されてている。

 この問題との関連では、第4章「カーターの戦慄」が参考になる。ベトナム戦争終結後の1976年の米大統領選で当選したカーターが、真剣に在韓米軍撤退を志向していたことが分かる。米政府の幹部たちが多大な努力をして在韓米軍を維持する方向に政策をもっていった。

 著者ドン・オーバードーファーは、ベテラン記者である。朴正煕大統領から始まり、歴代韓国大統領にインタビューしている。北朝鮮を複数回、訪問したこともある。

 米有力紙の記者として歴々たるキャリアの持ち主だ。

 それでいて、謙虚さを備えている。  日本語版への序文で書いている。「北朝鮮について私には不明の部分があることを肝に銘じている」(19頁)

 ブログ執筆者は1998年、韓国の金大中大統領の訪米をカバーするためにワシントンに出張した。朝鮮半島情勢について意見を聞こうとオーバードーファー氏に会った。初対面である。

 オーバードーファー氏はこう切り出した。”How can I help you?”。親切な人だった。


▼『二つのコリア』第3版目次

第1章 野鳥さえずる非武装地帯
第2章 始まりの終わり
第3章 深まる苦悩
第4章 カーターの戦慄
第5章 暗殺とその余波
第6章 テロと対話
第7章 ソウルの民主化闘争
第8章 ソウル五輪、国際社会へのデビュー
第9章 モスクワの変心
第10章 立場を変えた中国
第11章 核問題への関与
第12章 脱退と関与
第13章 核兵器をめぐる対決
第14章 死去と合意
第15章 危機の北朝鮮
第16章 関与政策への転換
第17章 米朝枠組み合意の終焉
第18章 混迷の米韓同盟
第19章 裸の王様

▼著者略歴(『二つのコリア第三版』を参照して作成)

ドン・オーバードーファー (Don Oberdorfer)

 1968年から米紙ワシントン・ポストでホワイトハウスを担当した後、外交専門記者。72ー75年、北東アジア特派員として東京に駐在し、朝鮮半島情勢を取材。93年に退職後、ジョンズ・ホプキンス大学ポール・ニッツ高等国際問題研究大学院(SAIS)の特任研究員、後に特任教授。2015年死去。

ロバート・カーリン (Robert Carlin)

 1971年ー88年、米中央情報局(CIA)分析官。1989-2002年、国務省情報調査局北東アジア部長。1992年から2001年まで米朝交渉に携わった。2002年、朝鮮半島エネルギー開発機構 (KEDO) 事務局長の政治担当首席補佐官に就任。2006年からスタンフォード大学国際安全保障協力センター (CISAC) 客員研究員。

▼本の成り立ちについて(『二つのコリア 第三版』訳者あとがきによる)

 原本は、ドン・オーバードーファーの単著で、1997年に出版されたThe Two Koreas: A Contemporary Historyである。邦訳は1998年に出版された。

 2001年に、原本に新たな章(第16章)を追加した改訂版が出版された。この邦訳は『二つのコリア 特別最新版』だ。

 その後、オーバードーファーの依頼により、ロバート・カーリンが共著者として参画し、第17章~第19章を増補した。オリジナルの部分にも改訂が加えられた。こうしてできた改訂増補版が2014年に出版された。2015年には邦訳『二つのコリア 第三版』が刊行された。

 ブログ執筆者が読んだのは、1998年と2015年の2種の邦訳である。
1998年版の写真をつける。