2018年9月8日土曜日

書評 『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』(佐藤けんいち、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2017年)

◆アングロサクソンを考察する◆





    若い人が国際ニュースに接して、「世界史を勉強し直したい」と思うことは多いだろう。次々と世界各地で発生する事件、事象を結びつけて、自分なりの絵を描くには、歴史の知識が必要だからだ。そんな風に歴史を勉強したいという動機を持った人に強くお薦めしたい一冊である。

    著者は、大学で歴史学を学び、卒業後はビジネス界で経験を積んだ。膨大な量の読書を通じた知的蓄積と思索を続けてきた。この本は、学問の志を持ち続けたビジネスパーソンの作品と言える。

    18世紀から現代までの世界史が対象だ。特徴は、「逆回し」という方法論を採用していることだ。今日起きていることから出発して、過去に遡っていく。

    出発点は、2016年だ。この年、英国では、欧州連合(EU)に残留するか、離脱するかを問う国民投票の結果、離脱が決まった。米国では、ドナルド・トランプという異色の候補が大統領選挙で当選した。この二つの出来事は、歴史の潮目が変わったことを示した。

    英国と米国、すなわちアングロサクソンは、それぞれ国益のためにグローバル化(グローバリゼーション)を開始し、推進してきた。その他ならぬ2つの国が、行き過ぎたグローバル化への反作用から、国民国家への回帰路線に転じたのだ。

    この本は、「アングロサクソン」と「グローバリゼーション」をキーワードとして、歴史を遡って行く。

    アメリカが覇権国として「パックスアメリカーナ」を確立した20世紀。そして広大な植民地を統治する大英帝国が覇権国であった19世紀へと。

    骨格を見れば、アングロサクソンについて書いていると言える。その他の国々についての記述は肉付けにあたるが、その部分もけっしてなおざりではない。

    フランスはフランス革命とナポレオン戦争を通じて、「国民国家」形成が国家を強力にすることを実証した。その意味で世界史に影響を与えた。

    ドイツ、イタリア、日本は19世紀後半に国家統一を果たし、上からの改革を進めた。20世紀にはソ連が誕生し、一党独裁体制で社会主義建設を試みた。この4か国の体制はいずれも70ー80年でいったん破綻した。

    佐藤けんいち氏が歴史の地層を掘っていく姿勢は一貫して現実的である。今日の現実をよりよく理解するため、という目的意識に導かれているという意味である。

   歴史を学んで、いかに活かすか。佐藤氏は次のように主張する。

「たとえ日本が、英米アングロサクソンのように世界をリードする意志も力量も持ち合わせていないとしても、日本が確実に世界に影響を与える存在であることは否定できないのであり、そのことを意識的に自覚することが、日本と日本人が世界で生き残るための条件となるのだ。(中略)ローカル文化を伝統として維持し続けることが、日本が世界に向かって「価値」をつくりだし、提供しつづけていくための基盤となる」 (74ー75頁)

   佐藤氏は、インターネット媒体を通じて、活発に発信している。「アタマの引き出し」は生きる力だ!というタイトルのブログを運営して、ツイッターも活用する。
http://e-satoken.blogspot.com/
https://twitter.com/kensatoken1985
 
   ウェッブメディア「JBPress」ではコラムを連載中だ。日々のニュースを切り口に、背景を説明する。個々の出来事を歴史の文脈の中で理解するのに役立つ。
 

目次

序章 なぜ「逆回し」で歴史を見るのか?

第1章 2016年の衝撃
ふたたび英米アングロサクソン主導の「大転換」が始動する

第2章 「現在」の先進国の都市型ライフスタイルは
 いつできあがったのか?

第3章 「第3次グローバリゼーション」時代とその帰結(21世紀)
冷戦終結後、秩序の解体と崩壊によって混迷が深まる

1 「グローバリゼーション」と「ネーション・ステート」の関係
2 「現在」を地政学の考えで空間的に把握する
3 「時代区分」としての21世紀
 冷戦終結後の四半世紀をひとまとめで考える
4 オバマ大統領の8年間を振り返る
米国は「内向き志向」を強めた
5 米国は本当に衰退しているのか?
6 「冷戦構造」の崩壊(1991年)と「ポスト冷戦期」
7 「人工国家・ソ連」の74年間の「実験」
8 日本「高度成長期」の奇跡
9 「1979年」の意味
 「サッチャー革命」「イラン革命」「アフガン侵攻」の影響が現在まで続いている

第4章 「パックス・アメリカーナ」
20世紀は「植民地なき覇権」の米国が主導した

1 米国の覇権体制と「パックス・アメリカーナ」
2 「成長の限界」と「持続的成長」の出発点としての1970年代
3 「米ソ冷戦構造」の時代と「アジア太平洋」の時代の始まり
4 「第二次世界大戦」(1939~1945年)
覇権国は英国から米国へと移動した
5 「大恐慌」(1929年)は米国から始まり欧州と日本に飛び火した
6 「第一次世界大戦」(1914年~1919年)で激変した世界
ここから実質的に新しい時代が始まった
7 「第一次世界大戦」……「西欧の没落」の始まりと米ソの台頭1
「ビジネス立国」米国は急成長した
8 「第一次世界大戦」……「西欧の没落」の始まりと米ソの台頭2
ロシア革命でソ連が誕生する
9 「第一次世界大戦」が引き起こした「帝国」の崩壊と「民族自決」
10 「帝国の解体」とイスラエル誕生への道

第5章 「第2次グローバリゼーション」時代と 「パックス・ブリタニカ」
19世紀は「植民地帝国」イギリスが主導した

1 大英帝国が世界を一体化した
2 「交通革命」と「情報通信革命」で地球が劇的に縮小
3 大英帝国内の大規模な人口移動
4 帝国主義国による「中国分割」と「アフリカ分割」
5 英米アングロサクソンの枠組みでつくられた「近代日本」
6 「西欧近代」に「同化」したユダヤ人とロスチャイルド家
7 「産業革命」は人類史における「第二の波」
8 「ナポレオン戦争」が「近代化」を促進した
9 「フランス革命」で「ネーション・ステート」(=民族国家・国民国家)と「ナショナリズム」は「モデル化」された
10 「アメリカ独立」は、なぜ「革命」なのか?

終章 「自分史」を「世界史」に接続する


著者プロフィール

ケン・マネジメント代表。1962年、京都府に生まれる。一橋大学社会学部・社会理論課程で「歴史学」を専攻、「社会史」研究のパイオニア阿部謹也教授のゼミナールで3年間まなぶ。1985年に、『中世フランスにおけるユダヤ人の経済生活』を提出して卒業。大学卒業後は一貫して民間企業に身を置いてきた。銀行系と広告代理店系のコンサルティングファーム勤務を経て、成長する中小企業では取締役経営企画室長として社長業以外のすべての機能を「ナンバー2」の実務担当者としてカバーした。その間、タイ王国では現地法人を立ち上げて代表をつとめた。2009年に独立して現在にいたる。1992年には米国最古の工科大学であるレンセラー・ポリテクニーク・インスティチュート(RPI)で経営学修士号(MBA)を取得、専攻はマネジメント・オブ・テクノロジー(MOT)。
著書には、『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』(こう書房、2012)、同書の中文繁体字版 『一個人的策展年代:串聯社群、你需要雜學資料庫』(世茂出版社、2013)がある。