2020年12月31日木曜日

書評 『世界史から読み解く「コロナ後」の現代』(佐藤けんいち、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2020年)

 ◆グローバル化の後の混乱期◆


 新型コロナウイルスが世界をいかに変えたのか。世界はこれからどんな方向に向かうのか。こうした問いを考える上で役立つ本である。

 キーワードは「グローバリゼーション」(グローバル化)だ。

 筆者は、1980年前後に始まった第3次グローバリゼーションが新型コロナウイルス感染症によって「強制終了」をかけられた、ととらえる。本のタイトルにある「コロナ後」とは「第3次グローバリゼーション後」と言い換えることができる。

 今日を考えるための比較の対象として、第1次グローバリゼーションとその終了、終了後の混乱と調整の時期を描く。第1次は、16世紀に始まり17世紀に終了した。だからこの本は現代と約400年前を比べていることになる。このスケールの大きさが特徴といえる。

■佐藤けんいち氏の著作の展開

 おいおい、第2次、第3次について論じずにいきなり400年前に戻るのか、と不審がる人もいるだろうか。佐藤氏は『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』(2017年)という作で、第2、第3次の時期を論じている。このブログでも紹介した。

 今回の本は、佐藤氏にとって先の自著を発展させたという意味合いがあろう。ビジネスパーソンが現代を考える上で参考になるように、という目的も共通する。いずれも独立した著作として読めるように構成してある。

■第1次グローバリゼーション

 第1次グローバリゼーションの主役となったのは、スペイン、ポルトガル、オランダ、英国という、大航海に乗り出し、新大陸やアジアを通商のネットワークに収めた諸国である。

 
 スペインは、東アジアに現れる前に、「新大陸」とよばれた中南米で採掘したシルバー(銀)を手にしており、中国貿易の中継点として確保した植民地フィリピンにおいて、ユーラシア大陸とアフリカ大陸、アメリカ大陸のすべてがかかわる経済が成立したのである。(p17)

 銀を産出した日本もこのグローバリゼーションのネットワークに引き込まれる。受け身の反応にとどまっていた訳ではなく、プレーヤーであった。「朝鮮の役」(文禄・慶長の役)は、「明朝を中心とした東アジアという国際秩序に対する秀吉の挑戦」だった。

■17世紀の気候変動

 第1次グローバリゼーションが17世紀に終わった要因として、佐藤氏が強調しているのは、17世紀の寒冷化と、世界的な銀供給量の減少だ。

 この「17世紀の寒冷化」というポイントは、西洋史の専門家には常識なのかもしれない。ブログ執筆者は勉強不足のため予備知識がなく、この本で学んだ。

 太陽活動が低下したのが原因だった。「小氷期」と呼ばれる寒い時期は14世紀に始まっていたが、1645年から1715年の「マウンダ―極小期」が最も寒冷化が厳しかったという。

 気候が寒冷だと、食糧生産が不調になり、ひいては反乱や宗教的な争いなどで社会が不安定になる。

 今日、17世紀の歴史を論じる上で気候変動を重視する効用は明かだろう。地球温暖化問題が世界政治・経済に重大な影響を与えている。寒冷化と温暖化だからベクトルは逆だ。また、今日の温暖化問題では、温室効果ガスの排出という人為的原因が強調され、人間の努力によって温暖化の度合いを緩和できるという議論が有力だ。

 そういう違いはあるのだが、とにかく、国際関係を論じる上で気候変動を視野に入れることが不可欠になっており、17世紀について知ることで気候変動への理解の幅が広がる。

■鎖国

 冒頭、この本のキーワードとして「グローバリゼーション」を挙げた。本の後半になると、もう一つのキーワード「鎖国」が浮上してくる。

 ブログ執筆者にとって、もっとも刺激を受けたのは鎖国を巡るかしょだった。

 われわれは17世紀から始まった日本の鎖国について一定の共通知識がある。日本の鎖国と、清や朝鮮がとっていた政策を比較する論も多い。(近年、日本史の用語を巡って、「鎖国」という表現をやめた方がいいという意見もあるが、ここでは立ち入らない)

 佐藤氏は、グローバリゼーションが停止していた時期についてこう記す。

 経済にかんしていえば、「鎖国」という管理貿易体制を確立していた日本と、「重商主義」による管理貿易で独占経済を確立していた西欧は、基本的に似たような経済体制をとっていたといえよう。(p296)

 鎖国していた日本でも、外国と貿易をしていたし、オランダを窓口に情報も入ってきてはいた。ただ、英国を筆頭とする欧州諸国が、産業革命、植民地拡大という滔々たる流れ(第2次グローバリゼーション)を引き起こしたのに対して、徳川幕府の支配体制に縛られていた日本は機敏に反応しなかった。いや、できなかった。

■ビジネスパーソンへの助言

 終章は、ビジネスパーソンへの助言を書いている。

 歴史を語ってきた後で、具体的なアドバイスとして、自己規律の大切さを挙げていることに、「佐藤さんらしい」という感慨を抱く。「超訳 自省録」の編訳者としての側面だ。

 過去を過度に美化したり、未来をひたすら明るく描くのはやめたほうがいい。「いま、ここ」が大事なのだ。(p302)

 続いて、「まずは自国の足許を固め、内部を固めること」が重要だと説く。
  
  そして、「ローカル」の大切さ、源泉としての日本文化、外部の情報に敏感になる必要性が挙げられている。

 この章はビジネス書らしい部分と言えるのだろう。大学生も多くは、数年すればビジネスの世界に入っていく。大学時代に歴史を勉強する中で、こういう刺激を受けることは有意義だ。

■国家について頭の整理

 ブログ執筆者は大学の講義で「ネーション・ステート」とについて説明してきた。現代の国際政治を理解する上でカギとなる国家のあり方だからだ。

 佐藤氏の今回の本では、「ネーション・ステート」(国民国家)に先行する「主権国家」についての説明が詳しい。学ぶところが多かった。

 「ポストコロナ」と呼ぶか、「ウィズコロナ」と表すか。人によって違うだろう。しかし、われわれが生きていくこの時代では、国家について粘り強く考える必要があることは間違いない。

▽著者について
ケン・マネジメント代表。1962年、京都府生まれ。一橋大学社会学部卒。
主な著書に『ビジネスパーソンのための近現代史の読み方』、『超訳 自省録』、『ガンディー 強く生きる言葉』(ディスカヴァー・トゥエンティワン社刊)、『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』(こう書房)がある。

▽目次
1章 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)で「第3次グローバリゼーションが終わった」
2章 「第1次グローバリゼーション」がもたらした地球規模の大動乱(16世紀)
3章 「第1次グローバリゼーション」の終息(17世紀)
終章 ビジネスパーソンはグローバリゼーションが終わった「17世紀の世界史」から何を学ぶべきか