「訳者あとがき」は、原著が2010年に刊行された際、「インスタント・クラシック(公刊時点で名作)」という評価が与えられた、と紹介している。もっともだと思う。今後、アメリカ社会と宗教を語る上で必読書だ。
世論調査・アンケート調査の数字を駆使して、慎重に分析している。それがこの本を貫く学問的な姿勢と言える。「挿話」と題された複数の章では、筆者たちが宗教の現場を訪れて拾った信者の声が記述されている。並のジャーナリズムを凌駕するほど生き生きしている。それぞれの宗教・宗派の雰囲気が伝わってくる。
アメリカにおける宗教に関する議論は全て、アメリカ人が強く宗教的な人々であるという疑問の余地ない事実からはじめなければならない(p13)
ある人が宗教・信仰について聞かれて、「特定の宗教・宗派に属している・いない」と答えることと、「神を信じている・いない」ということは、区別しなければならない。この本から学んだことだ。アメリカに「無神論」「不可知論者」はほとんどいない。2011年の調査では、自分がスピリチュアルであると考える人は75%にのぼる(p548)。
アメリカの今日における宗教と政治の関わり合いを整理する上で、役に立つのは、第2次世界大戦後に起きた「三度の地殻変動」という節目を捉え方だ。
まず、「性的解放の1960年代」に、性にまつわる倫理観が大きく変わる。それまで宗教的観点からよくないとされていた婚前交渉を認める人が増えた。
60年代の性的解放への反動が、二つ目の地殻変動、すなわち保守的宗教、特に福音主義派の成長を引き起こした。福音派信者の増加は1970年代に始まり90年代初頭に終わった。しかし、保守的な信者であり、かつ政治への積極 的に参加した宗教右派は、時間差をもって21世紀のアメリカ政治で強い影響力を持つようになる。
宗教右派の影響力拡大への反発から、若者が、次第に宗派に属することを拒否するようになる。これが三つ目の地殻変動だ。
同性婚と妊娠中絶が、米国世論を二分する問題であることはよく知られている。いずれも宗教がからむ問題だ。
その長期的なトレンドが対照的であることは興味深い。同性婚への支持は上昇している。他方、妊娠中絶の自由への支持は下降している。
なぜ妊娠中絶への支持が低下しているのか。著者は、学問的良心から「直感」だと断りつつ、子宮内超音波画像の普及が影響しているのではないか、と書いている。
▼著者について
ロバート・D・パットナム、デヴィッド・E・キャンベル 1940年生まれの政治学者。メソジストとして育てられ、結婚に際してユダヤ教に改宗した。
デヴィッド・E・キャンベル 1971年生まれの政治学者。末日聖徒イエス・キリスト教会教徒(モルモン教徒)
▼目次
第1章 アメリカにおける宗教的分極化と多様性
第2章 挿話――古きものと新しきもの
第3章 アメリカの宗教性――歴史的背景
第4章 アメリカの宗教性――激震と二つの余震
第5章 切り替え・整合・混合
第6章 宗教におけるイノベーション
第7章 挿話――エスニシティ、ジェンダーと宗教
第8章 女性革命、不平等の増大と宗教
第9章 多様性、エスニシティと宗教
第10章 挿話――いかに宗教と政治が結びつくのか
第11章 アメリカ政治における宗教
第12章 エコー・チェンバー――会衆内部での政治
第13章 宗教とよき隣人性
第14章 分断された家?
第15章 アメリカの恩寵――寛容な国家がいかにその宗教的分断を橋渡しするか
エピローグ
謝辞
補遺1 信仰重要性調査
補遺2 データ分析
訳者あとがき/原注/索引
▼原著
Robert D. Putnam and David E. Campbell, American Grace: How Religion Divides and Unites Us, New York: Simon and Schuster, 2010
◾️補記 マイク・ペンス副大統領
以下はブログ執筆者による個人的見解だ。
この本が提示してくれる宗教と社会・政治に関する見取り図の中にあてはめると、例えば、マイク・ペンス副大統領という政治家がよりよく理解できる。
1959年生まれのペンスは、カトッリックの家庭に育ち、大学時代に「ボーン・アゲイン」を体験した。政治家になってからは、福音主義派を支持基盤としている。トランプ政権の中で、抜きん出て宗教色が強い。
ペンスは、同性愛者への差別を助長する側に立っている、という批判に反論する。「プロライフ(妊娠中絶反対)」という主張は、あらゆる機会を捉えて発信する。上記にあげた長期的なトレンドの中で、合理的な行動をしていると言える。